青森に出張となった。現地での証人尋問である。
証人が高齢で遠方への出張不可能であったため,裁判所外での尋問を行うことが決まった。裁判官や書記官,双方代理人弁護士らが,連れ立って新幹線に乗り込む。
事件は,白昼の県道で発生した交通事故であった。
被害者は,声優を目指して専門学校に通い始めたばかりの女性。自転車で道路を横断しようとしたところを,直進してきた加害車両に追突された。ほぼ即死だった。目撃者はない。
加害車両の運転者は,被害女性がスマートフォンをいじりながら,突然フラフラと車道に出てきたと主張した。
たしかに,被害者がスマホのゲームにハマっていたという友人の証言があった。また,現場には被害者のスマホが落ちていた。しかし,事故の衝撃で壊れていて,事故当時に電源が入っていたのかすら分からない。
一方で,加害車両には,衝突までにブレーキをかけたり減速したりした形跡がなく,かつ,被害自転車の横から衝突していた。脇見や居眠り運転の可能性を否定できない。
何より,加害者は任意保険に加入していなかったうえ,これまで一度も真摯な謝罪の態度を見せていなかった。
被害者は,はたしてスマホゲームに夢中だったのか?
加害者は,よけることができなかったのか? 死人に口無しを決め込んでいるだけなのではないか?
被害者の母が法廷で証人に立ち,「もう一度,娘の声を聞きたい。娘に真実を語ってもらいたい」と,泣き崩れながら語った。
法廷の誰もが,ただ沈黙した。
そして私は,亡くなった被害者本人の証人尋問を,裁判所に請求した。
無論,裁判官も相手方代理人も,誰もが訝った。
「死者の証人尋問など,どうやってやるのですか?」
「恐山のイタコに,亡くなった被害者の口寄せをしてもらいます。ご遺族の希望どおり,是非とも被害者の真実の声を聞いていただきたい。ただし,イタコは皆ご高齢ですから,青森への出張尋問をお願いします。」
説得のチャンスなど,万に一つもありそうになかった。だが……。
「恐山と言えば,大間の近くですか。そういえば,マグロの美味しい季節ですなぁ。」
なんとも太っ腹で,人間味あふれる裁判官であった。
そして,相手方代理人は,負けず劣らずグルメな人であった。
八戸から恐山へと向かう車中,私の胸は高鳴っていった。
これほど予想のつかない,そして,日本の裁判史上前例のない証人尋問に取り組むことは,弁護士として,ある種の快楽である。
……などという妄想を抱きながら,先日,日本三大霊山・恐山への一泊旅行を楽しんで参りました。
大間のマグロも,大変おいしゅうございました。
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