「プラトニック不倫」なる言葉が,テレビや雑誌やネット上で踊るようになりました。
報道された政治家たちの実際の男女関係も興味をひいているのでしょうが,それ以上に,「プラトニック・ラブ」な関係でも「不倫」になるのかという,なにやら哲学的な話題で盛り上がっているようです。
というか,本音のところで大人の皆さんが知っておきたい知識は,「プラトニック不倫」でも法的に慰謝料を取られてしまうのか,あるいは,離婚原因になるのかどうか,といったことですね。
その気持ち……,よーくわかりますとも。
だって,プラトニックでダメなら,法律は既婚者に対して,夫・妻以外に対するトキメキもドキドキも一切許さないってことに,なりかねませんからね。
(法的思考ではそうならないのですが,一般にそう思われても仕方ありません。)
ネット上では,離婚専門の弁護士による解説記事として,「不貞行為に該当するリスクはない」と言い切っているものもありました。
不貞行為は,夫婦間の互いの貞操義務に違反して肉体関係を結ぶことなので,肉体関係がなければ不貞行為に該当しないという法律の理屈です。
理屈では正しいのですが,こういう表面的な解説を簡単に信じて失敗する人がたくさんいますので,せめて法律夜話では,間違いの無いようにはっきり言います。
プラトニック不倫が不貞行為に該当するリスクは,十分にあります!
正確に言うと,これはリスクの中身の問題です。
簡単な質問です。
大人な男女が何度も同じホテルにお泊まりしていて,朝はいつも一緒に出てきて,行き帰りはずっと仲良く手をつないでいる。その写真もビデオも撮られている。
けれども,本人たちは「あくまでプラトニックな関係です」「一線は越えていません」と説明しています。
皆さんは,本人たちの話を無条件に信じますか?
この質問に対する皆さんの答えが,「プラトニック不倫」に判決を書く「裁判官」の視点での判断です。
これが裁判であれば,たとえ本当に「一線を越えていなかった」としても,裁判官は「不貞行為があったと推認される」と判決に書く可能性が,それなりに高いわけです。
つまり,真実がプラトニック不倫でも不貞行為にされていることになります。
皆さんが「プラトニック不倫」をしている側で,慰謝料請求される立場になったとしたら,「プラトニック不倫」で慰謝料が発生するかどうかなんて話は,二の次です。
まず最初の難関は,配偶者以外の異性と親しくしていることを前提に,それは「プラトニック不倫」(肉体関係が無い交際)の限度なんだと,本当に信じてもらえるかどうかの問題なんです。
そもそも,慰謝料請求をされるということは,デートを目撃されていたり,甘いメールのやりとりを見られていたり,ともかく何らかの不利な証拠を握られているわけです。
そういう状況で,簡単に「肉体関係はありません」などという言葉だけの言い訳が通用するでしょうか?
……リスク,十分すぎるほどありませんか?
先ほどのネット記事では,弁護士の発言部分が『』でくくられているので,「リスクはない」という解説は,そのままその弁護士の発言だと読めてしまいます。
法律の解釈が正しいことと,現実のアドバイスとして正しいこととは,違います。
いろいろな意味で,危険ですね。
実際のところ,弁護士が取材を受けて記者がまとめた記事には,要約ミスや言い換えミスなどが非常に多いので,弁護士の説明が間違いだったとは言えませんが。
さて次に,いわば本題として,法律的にも「プラトニック不倫」であった事実が認められるとします。
その場合,普通の裁判官なら,法律上の離婚原因である「不貞な行為」(民法770条1項1号)には該当しないと判断すると思います。
けれども,法的に慰謝料の支払義務が発生する可能性は,まだあります。
なぜなら,プラトニック不倫が「不貞行為」に該当しないとしても,「不法行為」(民法709条)に該当する可能性は,あるからです。
不法行為とは,他人の権利や法的利益を侵害して損害を与える行為です。損害を与えたら,損害賠償の義務が発生します。
プラトニック不倫でも,相手の配偶者の平穏な家庭生活を壊し,精神的な苦痛などの損害を与える可能性はあります。そうなれば,不法行為として慰謝料などの損害賠償義務が発生します。
また,「プラトニック不倫」でも離婚原因になる可能性もあります。
なぜなら,プラトニック不倫が「不貞な行為」(民法770条1項1号)に該当しないとしても,「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)に該当してしまう可能性は,あるからです。
ただし,肉体関係が無いのにどの程度の「損害」があるのか,あるいは,プラトニック不倫が婚姻の継続にとってどれほど重大な障害を実際に引き起こしたのかといった点は,慰謝料を請求する側で裁判官を説得しなければなりません。
これらの立証は,それなりにハードルが高いでしょう。
というか……,「プラトニック・ラブ」は,もともと肉体関係のない愛じゃありません。
「プラトニック」は「プラトン的な」という意味で,あたかもプラトンが精神的な愛だけを説いたみたいですが,プラトンはそんなこと言ってません。
哲学者プラトンは,師匠ソクラテスの言葉を借りて(ソクラテスは婦人ディオティマの言葉を借りて),当時の少年愛の習慣を前提に,こう述べています。
「まず最初に一つの美しい肉体を愛し」
「その愛をあらゆる美しいに肉体に及ぼし」
「そうしてある一人に対するあまり熱烈な情熱をばむしろ見下すべきもの,取るに足らぬものと見て」
その結果として
「心霊上の美をば肉体上の美よりも価値の高いものと考えるようになることが必要です。」(『饗宴』/岩波文庫)
つまり,美しい少年の肉体を愛することからはじめて,やがて美と愛の悟りに至る道を説いているのです。
したがって,「プラトニック・ラブ」という言葉は,極めて誤用に近い転用です。
ちなみに,プラトン自身も,少年愛に深く溺れています。
このことで,プラトンは理想を説いたけれども実践はしなかったなどと言う人がいますが,浅薄な理解だと思います。
プラトンは,自らの理想とするところを実践していたからこそ,少年愛を貫いたと言うべきなのです。
ま,要するに,最初から最後まで肉体の愛をまったく抜きにした「プラトニック・ラブ」なんてものは,言葉からしてちょっとインチキくさいですよってことです。
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